こっちの続きですよ
二日目は
天候があんまりよくなかったですが
いよいよあこがれの地、江田島へッ!!
興味のある方はこちら↓
江田島のおしゃしん江田島の兵学校は
戦前はイギリス・ダートマス兵学校、
アメリカ・アナポリス兵学校と並び、世界3大兵学校と呼ばれたところです。!
大和ミュージアムとなりの桟橋から
江田島行きのフェリーがでています。


呉〜江田島の小用港へ。
江田島の術科学校は
一般の観光地ではないですが
平日は→10時半 13時 15時
土日、祝日は→10時 11時 13時 15時
に、行けば
海上自衛隊学校内を案内してもらえます。
正門で30分前から受付してもらえます。
わたしは
10時半の案内に着くようにフェリーに乗りました。
江田島、小用のフェリー桟橋から
術科学校まではバスに乗らなければいけないので
バスの接続のよい、
9時25分の呉からのフェリーの乗っていきました。

フェリーの時間は20分くらい。
江田島がみえてきます!!
そして
大柿高校前行きのバスに乗れば
「術科学校前」まで行ってくれます。(5分くらいで到着)

ちょっと歩いて
すぐ門が見えてきました!!!!
で、
なんか入っていいのかよくわからない雰囲気で
うろうろしてたら
(カメラかかえてあきらかに不審者)
「志願者の方ですか?」
と聞かれたので
普通に「はい」
と答えてしまったのですが
志願者って、
見学希望じゃなくて
この学校に入学志願者ですか?って意味だったらしく
守衛にいる、わたしと同年代くらいの若い生徒さん?が
なんかおかしいと思ったらしく
「見学希望の方ですか?」
と聞き直してくれました。
で、
氏名、住所、性別、入所時間(10時3分でした)などを記入して
「できるだけ目立つところに」と、見学者バッチを渡されました。

「10時半まで広報展示室でお待ちください。
まだ時間があるので
そこに売店があるので自由にしてもらってて結構です
でも
10分前には広報展示室に居てください」
と言われたので
売店をのぞいてみることにしました。
普通のコンビニでしたが
洋服屋?とかもありました。


で、
コンビニをみて、
広報展示室に。

入ってみたら
制服がWWWW!!!!!!!

あと、テレビがあって
生徒さん達の訓練の様子や、日常の風景などの
ビデオが流れていました。
隅の方で
ビデオを見てたら
「なんでそんなすみにいるの。こっちの方がぬくいよ」
と、
ストーブを強くしてもらったので
ストーブ近くに移動しました。
ここ撮影しちゃだめなのかなあ?
と思ったので
「ここって撮影禁止なんですか?」
と聞いたら
「大丈夫だよ
見学中も撮影禁止のところはちゃんというから」
と言ってくださったので
容赦なくとりました!!海軍!海軍!


というか
この時間帯の見学者ってもしかして
わたしだけなのかなあ、、
と、不安になってきました。
10時半になって案内人の方が来てくださいました。
案内の方はちょっと早口なので
一生懸命話を聞こうと思いました。
で、いよいよ内部を見学開始!!
やっぱりわたし一人でしたまず
学校の門の方にある、山の説明をしてくださいました。

あの山は
生徒が訓練であの山に登るそうですが
案内の方が現役のころは
山での訓練のさい、
教官が後ろで棒を持って「やさしく応援」してくれたみたいですが
今そんなことしたら
翌日新聞をにぎわしちゃうから
そんなことはしません。
と、いってました。(笑
ちなみに
案内してくださる方はここのOBの方です。
そして
大講堂。

ここは
学校の入学式と卒業式だけしか使われないそうです。
立派な建物なのにもったいない気がします。
昭和天皇は2回もここにいらっしゃったそうですよ。
中に入らせてもらいました。
写真はなんとなく撮っちゃいけない雰囲気だったので
撮りませんでしたが
ここは、、
ほんと心があらわれるような場所でしたよ。
まず、
いかにも時代をかんじさせるドアを引いて中に入ると
国旗がバッテンに掲げてあってだな。

で、
声がすっごい通るの!!!!
なんか
「鳴き龍」みたいに
手をパンってはたくとエコーしてるような感じです。
案内の方がいきなり
「カラオケとか好き?」
というので
なんだ?と思ったら
「ここで歌うと気持ちいいよ!一曲歌ってみない?」
と言われました。
たしかにここで歌うとすっごい気持ちよさそう!!
だって普通に話してるだけでエコーがかってるんですよ。
わー歌ってみたい!!!!
と思ったけど、さすがに。。遠慮しました。
「せっかくなんだから歌ってみればいいのに。
老人会の人達がここに来た時
歌ってみますか?って言うと歌われるんですよ。
で、
次から次へと、みんな歌われてねえ。」
っていってました。
老人会ですか、、
やっぱりお年寄りの見学が多いんですか?
と聞いたら
60歳以上が6割
30、40歳以上が3割
あなたみたいな若い人らが1割ってとこだねと言ってました。
やった!1割!希少価値!
でも
最近は映画などの影響で若い人も多くなったそうですよ。
大講堂は
占領下ではマリア様がおかれ、
教会として使用されてたそうです。
たしかに
西洋風の建物で違和感はないけど
なんか嫌だなあ。と思いました。
「じゃあ、今度来た時はぜひ歌ってみてね」
とか言われながら
大講堂を後にしました。
大講堂のとなりには
赤煉瓦の「士官候補生学校」が!!!!!

ああ、!!!!!
ここで
草加と滝(ジパング参照)が学んでたんだそうに違いない!
と、二次元の世界に迷いこんで
案内の方の話が上の空になりそうでしたが
下をみると
砂がきれいに整えられてあります。

毎日、生徒さんが
「甲板だと思って」手入れをしているそうです。
次は
あの松を見て
と言われて
校内に生えているたくさんの松の木をみました

なんかきれいにまっすぐで、
「なんか、、すっごいまっすぐな松ですねえ。」
と言ったら
「お!するどいね。なんでまっすぐなんだと思う?」
と聞かれたので
「え??気候とか地形の関係ですか?わからないです。。」
と言ったら
「正解は
毎日教官が生徒に
きをつけー!きをつけー! って言ってるから
松もまっすぐなんだよ!」
と言われました。
びっくりして
「えー!そうなんだ〜!!松もそういうのわかるんだ!」
って本気にしたら
「えっとね、わたしの言うことは話半分に聞いてください」
と言われました
なんだ冗談か。
生徒が一生懸命手入れをしているそうです。
グラウンド?
で、生徒さんが訓練をされてました。
なんか、
野戦演習みたいだったんですが
「陸軍みたいな訓練ですね」
と案内の方に言ったら
「海上自衛隊でも、一応一通りはやるんですよ」
とおっしゃっていました。
演習風景をちょっとみてたら
女の子も何人かいました!!!で、次は



士官候補生学校の説明になりました。
この建物はホントにおっきい。



レンガの一枚一枚、
イギリスから丁寧に紙にくるまれて運ばれてきたそうです。
ついでに
大和はこれ以上大きかったとか。
「わたしもぜひ大和をみてみたかったです」
と案内の方がおっしゃっていました。
今は中央に
桜に碇の海軍マークが掲げられていますが

終戦前は菊の御紋だったそうです。
そして終戦後
連合国の支配下では
時計 が掛けられていたそうです。
時計がかけられるというのは
負けたという証拠らしいです。
案内の方いわく
「ここには二度と時計がかけられることがないようにしたい」
とおっしゃっていました。
わたしも同感です。

術科学校と士官候補の学校は
隣にありますが
卒業後、海に出た時、ふねの中での扱いは
天と地の差があるそうです。
術科学校は
高卒、中卒から入ってくる人が主で
士官候補生学校は主に
防衛大、
4年生大学卒業後に入ってくる人が主みたいです。
語弊があるかもだけど
要するに
命令を下す側と命令に従う側
の、訓練をそれぞれ受けてるわけなんだろうなあ。
うーん
圧倒的な学歴の壁っていうのを感じました。
士官候補生学校の内部。
普段は入ることができないので
ちょっと外から。


階段のところには
鏡があり、

生徒はここを通ると鏡をみて
自分の身なりを整えるのだとか。
「海軍が陸軍よりおしゃれっていうの聞いたことない?
そういうのは服装を整えるために鏡が置いてある
とかそういうところからきてるんだよ。」
と、案内の方がおっしゃっていました。
ちょっと得意そうな顔をしていらっしゃいました。WW
んで、
ここの目玉でもある
教育参考館(幕末から第二次世界大戦までの
海軍関係者の書や遺品が展示してあるところ
1936年に建築された鉄筋コンクリート造り
東郷平八郎元帥、ネルソン提督、山本五十六元帥の御遺髪(非公開)がある)
の見学の予定だったのですが。。
教育参考館は、現在
館内をバリアフリーにするために
工事中で中にはいることができません。。。
10月に完成予定だそうです。
ぶっちゃけ、
ここに入らないと「江田島にいった」
とは言えないんですけど。。
かなり気落ちしたら
案内の方が工事してる人に言って、
写真だけ撮らせていただきました。

うーん残念。
でも中の、遺品や、遺書などは
別のところでみられます。

案内してくださった方がうつっていますが。
中に入ると
生徒さんたちも使っているせいか
ちょっと話し声みたいなのが聞こえます。
幕末海軍から
第二次世界大戦までの資料や、
写真
あと、
遺書が展示してありました。
遺書の保存状態はすこぶるよくて、
いつも思うけど
本当に美しい、ずっとみていたくなる字ですよね。
何がかいてあるのか、、
ちょっとわからなかったりするのですが
でも
美術品のような感じです。
わたしは
森本賜さんの血判の字が好きで
長い時間ずっとみていました。
あと
「遺言 ナシ
七生報國」
と書いてあるもの、
平田康則さんの遺書?というか
小母さん小父さんにあてた手紙が
心にのこりました。
小父さんの娘さん?の高子さんが
三歳で病死してしまい
もう一度会えるとおもっていたのに
残念です
高子さんのご冥福をお祈りしています
みたいな内容でした。
平田康則さんの手紙の文字は
とてもきれいなんですが
他の
美しい字や、勢いのある字と違って
丸みのある優しい感じの文字で
平田さんの写真も
年齢よりちょっと幼くみえて
とても優しそうな風貌の方でした。
だから手紙の文字も、
現代のものと似通っていて
読めたので内容がわかりました。
それと歴代の卒業生の写真とか。
ついでに
草加拓海(ジパング)と同じ
海軍兵学校58期生の卒業写真もありました!!!
他より背景がしろっぽくて
なんかきれいな写真でしたよ!
(追記)すみません草加は55期でした。
津田が58期でめっちゃ勘違いしてました。わたしとしたことが。。。
案内の方が
「ゆっくりみていっていいから。
係の人に言っとくからね。
二時間でも三時間でも居ていいよ」といって
行ってしまいました。
二時間でも三時間でもいいって
さすがにそんなにいないよ(笑
と思ったんですが
学校を出た時間は2時半すぎでしたWWWW
そのくらいずっと居ました。
ついでに
12時になると
ラッパ音と一緒にラジオが流れていました。
この学校では食堂(というかレストランっぽい)
も見学者は自由に使えます。
お土産売り場もふたつ。
案内の方いわく
「商魂たくましいでしょ」
といってましたがWW
まあ、
わたしもせっかく来たので
お土産買いました。

黒いのはここでしか買えないらしい
オリジナルメモパッドwwww

そしてお土産を入れてもらったいかにもな袋ww
あと
レストランで
カレーたべました!

生徒さんもいましたよ。
女の人が多かったです!!!
かっこよかった!!!!!!!
女の人はおだんごに髪をしばっていました。

お昼休みなのに
列を作って歩いてる生徒さんが印象的でした。
ついでに
自転車に乗った人がよく通っていましたが
自転車に乗ってるのは教官だそうです。
あと
ちょっと雨がぱらついてたんですが
傘をさしてる人がいませんでした。出る時に
守衛のとこで退出時間を記入するのですが
10時3分に入って、14時半に出たので
守衛にいる生徒さんに
「そんなにみるところありましたかWWW」
と言われました。
まあ、
居過ぎだと思うけどWW
で、
近くに
「琴」っていう、
カープソースを使ったお好み焼きやがあるって紹介されたので
行ってみました。
ちょっと歩いてすぐでした。
守衛さんいわく、
生徒がよく行くそうです。
紹介されたからには食べました!!!


そこのおばちゃんと、おばちゃんの娘さんで経営されていました。
とてもいい人達で
「また江田島においで」
と言ってくださいました。
お好み焼きもおいしかったです!!
教育参考館がリニューアル?した頃
また絶対に来よう!!と、思いました。
なんかもっと居たかったです。
(続く)